第1号営業所開設
大阪・南港地区に営業所を開設し、関西圏への施工対応を開始。同年に自社施工班第1号を編成。
創業者が小さな砕石場と1本の電話回線で始めた事業は、今では全国6班・64台の稼働体制になりました。ここでは、Tomoyo Minamiuraがどのような転換点を経て今の形になったのかをお伝えします。
1998年、創業者が持ち合わせていたのは、古いアスファルトフィニッシャー1台と、山梨県内の小さな砕石場の管理者との連絡手段だけでした。最初に手掛けたのは、地元の商店街の駐車場200㎡。合材は砕石場から借りた材料を当夜で配合し、翌日朝のうちに敷きならしを終えました。
この時の教訓が、現在のTomoyo Minamiuraの出発点になっています。!舗装は層の仕事である!という信念は、200㎡の現場でも4,200,000㎡の現場でも変わらない——品質は規模ではなく、各層を丁寧に積み上げることでしか生まれない、という結論を、創業初期から体得していました。
27年間の大きな転換点を、Tomoyo Minamiuraの社内資料から抜粋してご紹介します。
大阪・南港地区に営業所を開設し、関西圏への施工対応を開始。同年に自社施工班第1号を編成。
合材の品質を安定させるため、自社プラントでの合材製造を開始。合材温度150℃以下への62時投入体制を確立しました。
東北地方太平洋岸沖地震の発生後、宮城県内の道路啓開に参画。発災後72時間以内に盛岡〜仙台間の応急舗装を完了。
-15℃環境下でも施工可能な中温化合材を導入。冬期案件の安定施工を可能にしました。
全国6班体制を完成。施工班ごとに専任の配合設計者を配置する分業体制を整えました。
創業からの累計施工面積が4,200,000㎡に到達。同年、自社ラボ第2拠点を静岡に開設しています。
Tomoyo Minamiuraの強みは、64台の機械と約180名の技術者を直接雇用していることです。外部の下請け会社に丸投げする商社モデルとは、ここが根本的に異なります。
Hamm・BOMAG・SAKAIの3メーカーを使い分け、振動式・タイヤ式・コンビロールを併用しています。
VOCELE製の大型機を中心に、幅2.5m〜8mの施工に対応。寒冷地用機種も複数台配備しています。
Wirtgen製の小型〜中型機を各施工班に配置し、切削オーバーレイの段差修正に使います。
山梨・静岡の2拠点に自社プラントを保有。合材温度と配合を自社で完全にコントロールします。
事務所代理人・配合設計者・品質管理者を社内資格制度で育成。下請依存度は14%に抑えています。
Tomoyo Minamiuraは、現場ごとの条件に合わせて配合を設計するという基本姿勢を、もう10年・20年と継続させる覚悟です。